「笑」にまつわる文字伝説 かわいい犬にみんな大笑い 新日本妖怪紀行 2024.8.2 ib 大安寺の前にある森の中。今は八幡神社の森になっています 《連載》 新日本妖怪紀行|第13回 「笑」にまつわる文字伝説かわいい犬にみんな大笑い 奈良市大安寺 文字の起源をたどるのは楽しいです。このコーナーにちなんで一例を挙げると「雲」という文字の元の形は「云」で、漢字研究の世界的権威、白川静によると、空に浮かぶ雲の下から竜のしっぽがチョロリと出ている様子です。古代の中国人は、雲を生き物としてとらえていたようですね。漢字は主に神との関わりの中から生まれ、古代の呪術世界のことを抜きにしては考えられません。 今回はちょっと変わった、奈良に伝わる漢字の起源のお話です。 犬に竹カゴがすっぽり JR「京終きょうばて」駅から西へ歩いて15分ほどの大安寺周辺の伝説です。 昔、弘法大師が大安寺で修行をしていた頃。大師は修行のかたわら、新しい文字を考案していました。でも「わらう」という文字が、どうしてもできないのでこまっていました。 そんなある日、大安寺の前にある森の中を旅の僧が念仏を唱えながらやってきます。犬が不審な僧に気づいてほえたてると、僧はびっくりして犬を追い払おうとしましたが、あわてて置いてあった竹カゴの端を踏みつけ、カゴがポーンと飛んで、犬がスポンとかぶってしまったのです。 それを見たまわりの人たちは犬の様がおかしくて、かわいくて、大わらい。そこで大師は竹かんむりに犬と描いて「笑」の文字を作ったということです。 現在、大安寺の前にある森。でも、この森かどうかは不明 実際の起源は古代の神事 しかし、これは完全な俗説です。前述の白川静の研究によれば「笑」は象形文字で、巫女ふじょ(神に仕え、神のお告げを人に告げる女性。みこ)が両手を挙げて神の前で笑いながら、くねくねと踊る姿です。古代、神からお告げを引き出すとき、笑いながら、巫女は神を楽しませたのです。 竹かんむりの下の「夭よう」は「くねらす」という意味で、人が頭を傾け、身をくねらせて舞う姿です。ちなみに妖怪の「妖」の字は「あでやか」という意味で、巫女が高く低く、激しく舞う姿です。また「失」は、巫女が踊りながら我を忘れて、うっとりとした状態になることで、だから気を「うしなう」のです。 漢字って、妖怪ファンにとっては、とってもおもしろい世界ですね。 大安寺塔跡の石碑。広い敷地に立っています 金ピカの塔を大阪人が焼き討ち? また大安寺は、1400年もの歴史を誇り、東大寺ができるまでは、国の重要な祈願をほとんど行う大きなお寺でした。その偉容を示すのに、当時の大安寺には東西に二つの大きな塔があり、現在は、その跡が残っています。 しかも、その塔は金ピカの塔で、夜でも遠く大阪や堺からでも見えるほど。あまりにその光がまぶしいので、大阪の漁師が魚が獲れないと文句を言って塔を焼いてしまったという、信じがたい伝説があります。 また、この塔の礎石を金にしようと、一人の石工いしくが礎石を割りかけたら、中から血がふき出したという言い伝えもあります。その石工はあわてふためいて逃げ帰りましたが、寝込んでついに死んでしまったということです。 他にも付近に大安寺の僧坊そうぼう(僧侶の住む建物)の跡とかいろいろあって、大安寺がいかに大きかったか、全体を想像するのも難しいほどです。資料によると、唐の最明寺さいみょうじをモデルに創られたようで、東西にも南北にも大きく、共に700㍍もあったようです。 ひととおり歩いて、ゆっくり「京終・」駅に戻りました。木造の雰囲気ある駅のベンチで途中で買ったお弁当を食べながら、そうか、体が疲れたときの「バテる」はこれか、と改めて思い、楽しく歩き疲れた体で家路に着きました。 大安寺周辺の道を歩くと当時の偉容を誇る跡が点在しています。これは僧坊の跡 文・写真提供 竹林 賢三 TAKEBAYASHI KENZO YouTubeにて「ちくりんの妖精妖怪教養講座」配信中! *掲載内容は2016年8月に取材したものです