〈奈良市〉千年の森を千年先まで残していく(春日山原始林を未来へつなぐ会) 自然と暮らす 2022.1.20 みょ 《連載》自然と暮らす vol.164 春日山原始林を未来へつなぐ会 事務局長/杉山 拓次さん 千年の森を千年先まで残していく 近鉄奈良駅から30分歩いただけで、春日山原始林遊歩道北側の入り口に到達する。春日山原始林は、奈良公園の東に位置する世界遺産。春日大社のご神山である御蓋山(みかさやま)の背後に約250ヘクタールの広さを維持している。 原始林入り口から数メートル入ると木々の高さが圧倒的に高くなり、奈良公園よりずっと深い、澄みわたった空気を全身に感じることができる。 春日山原始林遊歩道入り口(北) 古くは平安時代に狩猟や伐採が禁じられて以来、様々な人の手を介し、千年以上春日大社のご神域として連綿と守られてきた森だ。昭和30年には国の特別天然記念物に指定された。 「春日山原始林を未来へつなぐ会」は、この大切な森をさらに後世に守り伝え未来へつなぐために活動する団体で、杉山拓次さんは設立当初から事務局長を務めている。 「こんな近くにあるのに知らない方が多いんです」と杉山さん。実は春日山原始林は、今危機的状況にある。原始林の素晴らしさとともに、危うい状況を知らしめたいと力を込める。 専門家によると、このままの状況が進めば、原始林は若草山みたいに木のない山になってしまうのではと警鐘を鳴らしている。いったい原始林で何が起こっているのか。 一つは、外来種が入り込み、森の様子が変化していること。ナンキンハゼがどんどん増えて本来ある樹木が育たなくなっている。次にナラ枯れという菌により樹木が枯れる被害が広がっていること。そして、シカなどの野生動物が植物の芽や若木を食べてしまい、木が育たないこと。それにより下草が育たず雨によって表土が流れる現象が起きている。実際にガイドツアーで原始林に入ってみると、土から根っこがむき出しになった木が多く見受けられた。 下草が生えていない状態 根がむき出しになっている木が見受けられる この状況を打破するために民間の力を借りたいと、2014年に奈良県からの要請でできたのが、「春日山原始林を未来へつなぐ会」だ。元々奈良公園に関わっていた、NPO法人奈良県ストップ温暖化の会とグリーンあすなら巨樹巨木の会、春日山原始林市民連絡会の3団体の有志が一緒になり結成された。 杉山さんは、ちょうどその頃生まれ故郷である東京から妻の実家のある奈良に移り住んでいた。東京では環境NGOで機関誌の制作をデザイナーとして10年続けてきた。喧騒の中ではなく静かなところで暮らしたいとの妻の思いに賛同。奈良で妻に勧められ、春日山原始林を初めて歩いた。寺社仏閣とシカのイメージしかなかった奈良の豊かな自然に驚き心惹かれて、奈良市起業家育成プログラムで、原始林を使ったエコツーリズムや自然を楽しむプログラムを提案。そんなご縁で事務局長の白羽の矢が立ち、職員として勤務することになった。 原始林内に設置された保護柵の管理(倒木処理) 現在会員は140人ほどで、主な活動は、県から許可を得て原始林内でナンキンハゼの除去作業をしたり、ナラ枯れ被害の調査、防除作業、シカが入らないよう植生保護柵の管理や修理といった保全活動、さらに自然観察会やエコツアー、SDGs教育などの活動、それらを行うガイドや人材の育成と幅広い。 原始林内でのナンキンハゼ実生の駆除作業 原始林内に設置された保護柵の管理(堆積物の除去) ナラ枯れ防止のためのトラップ管理作業 原始林のウォーキングコースは3つ。遊歩道北口から入る春日山原始林周遊コース、高畑町奥の遊歩道南口から入る滝坂の道・石畳と石仏のコース、3月中旬から12月中旬までと季節限定の若草山周遊コース。 ガイドをする会員には様々なエキスパートがおり、コケやきのこの専門、巨木に強い人、動物に詳しい、鳥に詳しい人など各々の得意分野を中心に話をする。現状を説明し未来へつなぐという根本は一緒だが、原始林の様子についてはガイドによって得意分野の話が違うのがおもしろい。 「原始林のすばらしさは歩いてみなければわかりません。できればぜひガイドと歩いていただくと、じっくり自然の様子を見て感じていただけるのでおすすめです。まず奈良の人に現状を知ってほしい」。 ガイドツアーの様子 春日山原始林を未来へつなぐ会奈良市あやめ池北3丁目12-27 TEL&FAX 0742-49-6730 info@kasugatsunagu.com ●個人正会員2,000円/年 正会員の申し込みやガイドツアーの情報はHPで確認を https://kasugatsunagu.com/ 一昨年と昨年には、原始林の中で倒れた樹齢約6百年の大杉を使い、保全活動に賛同する作家たちによるアートプロジェクトを開催。春日山の自然を表した作品は、京都でも反響を呼んだ。こんなに身近にある春日山原始林の価値を一人でも多くの人に知ってもらえる機会になったと杉山さん。今は大学の研究員やまちづくりの仕事にも関わるなど、活動の幅を広げている。 「千年後に森を残していくための仕組みが作れたらうれしい。それが私のライフワークです」 倒木を使ったアートプロジェクト 倒木の直径と同じ大きさのエコすごろく イベントでの啓発活動(アースデイ奈良) Profile 杉山 拓次 TAKUJI SUGIYAMA 1977年、東京に生まれ育つ。44歳。25歳から東京の環境NGOで10年間デザイナーとして勤務。35歳で奈良に移り住む。奈良市起業家育成プログラムに参加後、同会事務局長に就任。他、有限会社OM環境計画研究所客員研究員、奈良教育大学次世代教員養成センター研究員、奈良佐保短期大学非常勤講師。NPO法人奈良ストップ温暖化の会スタッフ