〈天理市〉綿づくりを通して生きづらさを感じている人たちの居場所づくり(H.A.M.A.木綿庵)

おいしい空気と緑いっぱいの風景に、力強い土と元気に育つ綿や野菜。
自然の恵みの上で、支援仲間と共に。左からアレハンドロさん、寺岡さん、赤瀬さん、梅田さん

《連載》自然と暮らす vol.162

H.A.M.A.木綿庵 代表/梅田 正之さん

綿づくりを通して生きづらさを感じている人たちの居場所づくり

山辺の道沿いにある夜都伎神社(天理市乙木町)の脇で、無人販売の綿の実とパンフを目にした人は案外多いのではないだろうか。
「H.A.M.A.木綿庵」。季節の野菜や綿を育てながら、不登校やひきこもり、心がうつむきがちになってしまった人たちが、心静かに自分の心と向き合える居場所(畑)だ。

吹いた綿

主宰するのはすぐ近くに住む梅田正之さん。梅田さんは、生まれ育った堺市で高校まで学び、天理大学国文学国語学科に進んだ。社会人となってから〝生きるとはどういうことか〟生きる意味について悩み、生き方を見つめるために退職。野宿を基本に仙台から天理までの約900㌖を歩き通し、自分の心と向き合った。
その後、極度の自信喪失と対人恐怖に陥り、ひきこもりに近いうつ状態に。周囲の支えとカウンセリングで長いトンネルから抜け出すことができた。

収穫

種播き

綿は1年草、種蒔きは5月上旬、8月に開花盛期を迎え、収穫は9月〜10月頃、12月には綿木引きだ。希望すれば綿摘みや綿打ち、糸紡ぎ体験などに参加できる。綿の花言葉は「優秀、崇高、有用、繊細」など
33歳から60歳で定年退職するまで天理教校附属高等学校に続き同学園高等学校で国語科教員として勤務。その傍ら、苦しかった当時の自分がほしかった〝居場所〟を作ろうと思い、新規就農を始める。36歳のとき伴侶となった晴さんは「賛成はできない。でもやろうとしていることは素晴らしいことだから反対はしない」と言って、梅田さんのわがまま・・・・を認め、支え続けてくれたという。
2008年、「H.A.M.A.木綿庵」を設立。綿の栽培を選んだのは、「綿には収穫後も、糸に紡ぎ、色に染め、機織りをし、着物に仕立てと、明日につながる夢がある」から。畑は東に大和青垣、西に大和盆地と生駒山を望む地に1号畑から4号畑と、休耕地を借りて整備した5~12号畑。心が元気な人も休憩・草引き作業などウェルカムだ。
開設から13年、様々な悩みを抱えた人やその家族らが畑でひとときを過ごす。「作業されている姿を見ていると、この人の何がつまずきなのだろうと不思議に思えるくらい、みなさん生き生きとされていて、自然の力を感じます」。自分の播いた種が発芽し、自らが世話をする中で作物が生長していく様子を目の当たりにして、感動する人は少なくないという。「育てる体験が、自らが育つ体験にもなっているようです」
綿は、清楚で美しい花を咲かせた後、固い殻に包まれた実を結び、その殻がはじけるとやわらかい綿の繊維があふれ出る。その綿は、脱脂綿としてまた糸に紡がれ、様々な色に染められ、用途に合った布に織り上げられていく。固い殻に包まれた人の心が、この綿のようにはじけて、やわらかでやさしい本来の姿を現し、それぞれの場で輝きを放つ…。梅田さんの思いが綿の一生に重なる。

織りかけの白木綿と、草木染めした手紡ぎの綛糸(かせいと)

模様の設計図を描き、くくり染めした糸で織った工夫絣(くふうがすり)

英語版パンフ

夕景撮影:赤瀬さん

グティエレス・アレハンドロさん(コロンビア出身)/農業を学ぶために訪日、天理高校の英語教師。H.A.M.A.木綿庵の英語版パンフを作成。「農業をしながら英語教えてる。生きた英語の方が身に付くよ」

寺岡淳二さん(高取町在住)/「夫婦で初めてここを訪ねたのは7年前。荒れた畑の整備や、この畑で出会う人たちの前向きな変化にかかわることができるのも大きな喜びの一つとなっています」

赤瀬鈴代さん(カウンセリングルームRIN代表)/奈良県「若者のための居場所」のスタッフとしてかかわる。「草木染や綿摘みなどのイベント時や利用者さんの来畑の時に同伴しますが、私自身が癒やされています」

この活動で綿の魅力にはまった梅田さん。手紡ぎに始まり草木染、機織に至り、現在は「大和で栽培した綿で糸を紡ぎ、やわらかい風合いが出せる大和機で絣の柄物を自由に織りこなせるようになるのが夢です」とのこと。
また梅田さんの構想に〝人生百年時代〟を見据えた生涯学習、『農福連携』がある。綿の加工工程に、高齢者の方のパワーを生かし、収益の還元を図る仕組みを作りたいそうだ。
綿づくり作業を通してだけではなく、メール(HPから)や対面での相談にも無料で対応。「第三者がかかわることで固まってしまった関係が解きほぐされ、改善するきっかけにつながることもある。状況に応じた支援の在り方を一緒に考えていきましょう」と梅田さん。
山辺の道から東に徒歩10分の2号畑には、ベンチや雨宿り用の小屋などもあり、誰でもウェルカムだ。「できれば、草の1本も抜いていただければ大いに助かります(笑)」

H.A.M.A.木綿庵
こころはればれ晴れ(Hare)の日も、こころしとしと雨(Ame)の日も、まえ(Mae)を向いて、歩き(Aruki)たい・・・

農地の利用対象者は、原則として自力で往復が可能な小学生以上。ただし、悩みの相談については年齢、居住地は問わない

Profile

梅田 正之

UMEDA MASAYUKI

1959年堺市生まれ、天理大学で学び神戸市で高校教師となるが、生き方を見つめ直すために3年で退職、歩き修行や天理での修養生活の後、天理教校学園教員の傍ら新規就農、2008年H.A.M.A.木綿庵を設立。綿の栽培を通して不登校、ひきこもり、うつなど、心が閉じこもりがちな人たちの居場所づくりをめざしている。
基本情報 Basic Information
H.A.M.A.木綿庵(ゆうあん)/はまゆうあん
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