〈東吉野村〉幕末を生きた天誅組終焉の地で草莽の志士たちの生き様を発信/『草莽庵』阪本基義さん 奈良もん 2024.6.17 鮎 奈良で活躍する“奈良もん” 今回は、奈良県東吉野村にオープンした『草莽庵』の店主 阪本基義さんをご紹介! 江戸時代末期の大和で尊王攘夷派の志士が決起した「天誅組」終焉の地・東吉野村に「草莽庵(そうもうあん)」がオープンした。天誅組関連の書籍や資料が閲覧・購入できるほか、県内外の作家による作品が展示販売されている。 天誅組とは:幕末に公卿・中山忠光を主将に尊王攘夷派の志士らで構成された集団。1863年に五條で武装蜂起するも幕府の追討を受け、吉野地方を 転戦した後、同年9月に東吉野村で壊滅した。 ※幕末の日本では天誅組のように武士以外の身分(農民・商人・浪士など)でありながら国家への忠誠心に基づき行動する人を「草莽」と呼んだ。屋号はこれに由来する。 施設を運営するのは同村在住の阪本基義さんと長女の理恵さん。約50年間無住で物置小屋となっていた基義さんの生家を改装し活用している。 基義さんは高知大学を卒業後、教員として同村に帰郷。赴任先の学校近くの墓地に高知県で何度も名前を聞いたことのある人物の名前があることに驚き、天誅組に関わり始めた。 また基義さんの母方の曽祖父・橋本信衛が高野山から天誅組に参加し生き残った数少ない隊士だったこともきっかけの一つだったという。 本格的に活動を始めたのはおよそ20年前。村の教育長も務めるなかで、幕末以来、村民や子孫らによって顕彰されてきた天誅組の歴史やその史跡が多くの人に伝わっていない現状を知り、自らが歴史を発信していくことを決意した。 退職した後は、史跡の整備やマップを作成。事変140年となる平成15年には著書『草莽ノ記』を著し、書籍の監修や各地での講演会にも出向き、天誅組の歴史を語り継いできた。 それゆえ基義さんにはファンが多い。草莽庵がオープンする以前から基義さんに会うために遠方から多くの人が訪ね、基義さんも誰かれ問わず丁寧に接し、時に村内の史跡を案内して回った。 しかし本年で80歳となり、昨年には大病も患った。かつてのように各地を飛び回ることが難しくなってきた今「父に気軽に会えて、また父が楽しく人と交流できる場所を」と、理恵さんが自身の帰郷をきっかけに草莽庵を立ち上げるに至った。 「父のレベルに到達するにはまだまだですが、天誅組やその顕彰・研究に関わる多くの方々から学び、活動を次世代に繋いでいけるように頑張りたいと思います」と、理恵さん。 基義さんは「天誅組の歴史を通して若者たちの“純粋さ”を知ってもらえたら。またそんな人生を送ってもらいたいですね」と語った。 [関連記事] 維新の魁「天誅組」終焉の地で志士の歴史に触れる『草莽庵』 天誅組の資料を集めた古民家ギャラリー&ショップ 詳細を見る≫