人を行き倒れにする悪霊 急な飢えにご用心

ひだる神を祀っているんじゃなくて、撃退のための「ひだる神地蔵尊」

《連載》
新日本妖怪紀行|第17回

人を行き倒れにする悪霊
急な飢えにご用心

今回は、全国でも珍しい「ひだる神」餓鬼がきに取りかれないためのお地蔵さんを訪ねました。誰しもおなかがすくとがまんができず、なんでも食べたくなってしまうものです。また、人間の最後まで残る欲は食欲だ、とも言われています。若い人でも、あんまりあさましい姿で食べ物を必死に探すのは、みっともないですね。
この女性にとってダイエットの敵のような存在、ひだる神について、その対策など、お話ししていくことにしましょう。

ひだる神に憑かれた男

最初にひだる神についての昔話を紹介します。
ある男が伊勢から伊賀(三重県)へ向かう途中、急いで駆け寄ってきた男がありました。
「私は大阪の者ですが、道の途中でひだる神に憑かれたようで、おなかがすいてひもじくて、もう一歩も歩けません。何か食べ物を持っておいでなら、少し分けていただけないでしょうか」

おかしなことを言う人だと思いながらも、「私も旅の途中で食べ物は持っていませんが、刻み昆布なら少しあります。これでよければ」
と渡すと、男は大いに喜んですぐにペロリと食べてしまいました。
「ところで、ひだる神とはどんな神様なのですか」
と聞けば、
「目には見えませんが、このあたりに限らず、あちこちで餓死した人の怨念が残って、ひだる神になると言います。通り過がりの者に取り憑き、これに憑かれると、とにかくおなかがすいて気力がなくなり、歩くことも難しくなります。私などは、たびたびそんなふうになります」

この男は薬種やくしゅを商いとしていて、諸国を歩き、注文を取っていく。その道中でこのような目に遭うのだそうです。
国道166号線沿い、ちょうど旧街道の分岐点にあります

ひだる神撃退法

また別の日に、この刻み昆布を持っていた男が、播州(兵庫県)の国分寺の僧にひだる神についてたずねたとき、この僧も若い頃、伊予(愛媛県)の国で憑かれたことがあったと言います。
それから僧は、食事をするときに飯を少しずつ紙などでつつんでたもとに入れ、取り置きながら旅をするのだそうです。

この携帯食が、もしものときのひだる神への対策なのです。また、手のひらに「米」という字を書いてなめると治るとも言われます。

一番憑かれたくない妖怪は、ひだる神や餓鬼ですね。
だってかっこわるいもん(イラストⓒ合間太郎)

行き倒れの多かった佐倉峠

そこで、ひだる神について調べたところ、東吉野村の佐倉峠に「ひだる神地蔵尊」があるというので行ってみました。

近鉄大阪線「榛原」駅が一番近く、そこから車で15分ほど行った所にあります。行ってみると、峠の途中の道端にありました。現地の案内板によると、旧街道の閉鎖にともなって、この場所に移転したということで、旧街道のときの佐倉峠は斜面が急で、ものすごい難所だったそうです。上がり下りもたいへん苦労した、そんな場所だから、よけいにおなかがすいて行き倒れになる人も多かったのでしょう。

ですから、そこに、ひだる神から守ってくれる、ひだる神地蔵尊を建立したのも、うなずける話です。 

誰も通らない真っ暗な峠で、おなかがすいて動けないなんて、ほんと怖いですね。ちなみに「ひだる」とは、この東吉野村周辺の方言でもあって「空腹」という意味です。

失礼して前掛けを上げてみると、前で合掌されていました
文・写真提供

竹林 賢三

TAKEBAYASHI KENZO

*掲載内容は2016年12月に取材したものです
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