〈天理市〉世界に通じる雅楽師を育てる(天理大学雅楽部) 自然と暮らす 2021.8.5 yuzu 天理大学内での練習風景。今回は撮影時にのみ寄っていただいたが普段は距離をあけて練習に励む 《連載》自然と暮らす vol.158 天理大学雅楽部 総監督/佐藤 浩司 さん 世界に通じる雅楽師を育てる 昭和26年に創設された天理大学雅楽部。伝統とともに実力ある演奏に定評があり、毎年の定期公演のほか、全国各地、海外公演にも呼ばれる。その雅楽部を指導して49年、総監督を務めるのが佐藤浩司さん。まさに育ての親だ。 催馬楽「美作」 北海道上川郡当麻町の天理教教会に生まれた佐藤さん。小学生の頃から落語や吹奏楽に取り組むなど芸術的なことに関心が高かったが、小学6年生の時テレビで偶然見た宮内庁の御神楽の演奏に度肝を抜かれ、学校でレコードを借りて聞くようになった。 6つ上の兄が天理大雅楽部に入り、友達を連れて帰省した時、兄たちの演奏を聴いてまた衝撃を受けた。それから迷わず天理大学に進み、雅楽部に入った。 天理大学内での練習風景。まず全員の謡から始まり、楽曲、舞と練習を進める 学生いわく、「佐藤先生は妥協を許さない信念を貫く先生」 佐藤さんが選んだ楽器は篳篥ひちりき。一番メインとなる楽器だ。雅楽は普通、笙しょう、篳篥、龍笛りゅうてきの3つの管から一つの楽器を選ぶ。佐藤さんが1年生の時、天理大が初めて演奏会を行い、対外向けに披露することでより雅楽が面白くなった。 卒業後、天理教校本科で学び、昭和47年に大学に就職。雅楽部の指導者になり、自分がまず知らなければとあらゆる楽器や舞にチャレンジした。 舞楽「太平楽」2021年定期演奏会/先輩が制作した装束で舞う 雅楽は楽器演奏だけでなく、謡、管絃、舞楽の3つで1曲が完成する。ゆえに皆、楽器と謡や舞を同時に練習していく。 佐藤さんは、雅楽には掘れば豊かな材料があると、毎年違う演目を提案。応仁の乱以来途絶えていた『催馬楽さいばら』64曲を、毎年1曲ずつ学生に挑戦させ、春から始めてその年の秋には公演でお披露目できるまでに指導した。 「三蔵法師」一幕 舞楽「青海波」 さらにもっと雅楽を広めるために、海外公演を決意。皆で少しずつお金をためて、アメリカやヨーロッパで演奏会を始め、大好評を得た。それを2年ごとに続けるうちに、今度は世界各地から招聘しょうへいされるようになり、今や未公演はアフリカ大陸と南極大陸だけだ。 また、伎楽(注)の復元にも携わった。東大寺大仏殿の昭和大修理が始まった頃、当時幻の天平芸能と呼ばれた「伎楽」を復活させるプロジェクトが立ち上がり、天理大学雅楽部に白羽の矢が立った。昭和55年、東大寺大仏殿昭和大修理落慶法要で、復元された伎楽を同雅楽部が初披露。以来東大寺や薬師寺など主たる法要の折にお披露目し、平成4年からは薬師寺の「玄奘三蔵会大祭」の折、創作伎楽『三蔵法師』に欠かさず出演している。 注:伎楽とは、推古天皇の時代に中国の呉に由来する演劇で、中国の味摩之が伝えたとされており、東大寺大仏開眼法要で上演されたがその後衰退していた。それを正倉院にある伎楽面や衣装を参考にしながら染色家の吉岡常雄氏が復元、曲は雅楽師の芝祐靖氏が復元、所作を東京芸術大学の小泉文夫氏監修のもと、元宮内庁楽部首席楽長であった東儀和太郎氏が創作、完成させた。 2000年中国敦煌公演(莫高窟前) 2019年ロンドン公演 2004年スペイン公演(サグラダファミリア大聖堂) 「とにかくお金がないので、装束や小間物は自分たちで作ることにしました。舞楽の衣装は仕立て屋に出すと1着1千万円もかかります。きっかけは男子学生たちがどうしても『太平楽』を舞いたいから自分たちで衣装を作らせてくれと言い出して。太刀や甲かぶとなどの道具類や装束までほぼ完成させたのには驚きました(笑)」『源氏物語 青海波せいがいは』の衣装は、千鳥が片側に64羽。これも自分たちで1羽ずつ刺しゅうした。そのうち小道具や彫金、大工仕事で舞台まで作るようになった。 今まで卒業していったOBは約6百人。うち50~60人が天理大雅楽部OBとして今でも雅楽を続け、演奏会に出演したり、学生の公演などを助けたりしている。 佐藤さんの駆け抜けてきた約50年、今は総監督という立場で、公演の前などに仕上がりをチェックし指導する程度。さらに一般向けに、雅楽会を斑鳩町と名張市で実施している。斑鳩雅楽会は学生、会社員、主婦、リタイアした人など幅広い層で構成され、毎年発表会を開催。 「雅楽は何歳からでも始められますから初心者が多いですよ。皆楽しんでいます」。コロナ禍で苦労も多いが、インターネットで雅楽が広がったことはうれしいと話す。「雅楽の魅力は世界各地からの音楽が集まってできたということ」と語る佐藤さん。「今年75歳になります。もうやることはすべてやってきたかな」とつぶやきながらも、学生の指導はとても楽しそう。 雅楽のファンが一人でも増えるように、これからも佐藤さんの活躍は続く。 Profile 佐藤 浩司 KOJI SATOH 1946年、北海道上川郡当麻町生まれ。北海道の高校を卒業後、天理大学文学部宗教学科に入学。卒業後、天理教校本科を経て、同大学に就職。宗教学部宗教学科助手、講師、准教授を経て、平成8年教授。平成27年から名誉教授。雅楽は学生の時雅楽部に入部し、大学就職と同時に指導者に。顧問ののち、現在雅楽部総監督を務める。