
1月17日午前5時46分52秒、東大寺の大鐘が鳴り響いた。その日の正午。東大寺金鐘ホールで、声楽家の上司直子さんが東大寺から祈りを捧げようと合唱奉納を行った。集まった140人の中に私も加えていただき、そこで録音の大鐘の音を聞かせていただいたのだ。
上司さんが合唱奉納をどうしてもやらなければと決意したのが昨年11月中旬。すぐに会場を探し、準備に取り掛かった。公にはせず参加者は自らが教える合唱団の人や口伝てで集まった人たちのみ。観客もなし。当日までに2度練習し本番を迎えた。
上司さんには平城遷都千三百年の「平和への賛歌」を行った時、指揮を執っていただいた。いつも強く熱い思いにあふれた方だ。奉納する曲は2曲のみ。神戸の復興ソングとして知られる『しあわせ運べるように』と唱歌の代表曲『ふるさと』。
当日は、本番前にリハーサルをしたが、すでにすすり泣く声がした。私も最初の出だしでもう声が詰まってしまった。本番。観客はいないが映像を録画し、アーカイブとして残される。黙とうや般若心経の読経の後、いよいよ歌だ。上司さんが皆の様子を感じ、「大丈夫、スマイルでしあせわを運ぼう」とでもいうように、言葉には出さないが皆にニッコリ微笑んで両手を広げてスマイルのしぐさをした。とにかく大きな声で、とにかく思いが届くように。皆に気持ちが伝わり、力強い歌声となった。
終わって私の隣にいた人が「私は被災していないけれど、震災後から神戸には一度も行っていない」と話してくれた。当時、何も手伝えなかったことをいまだに悔やんでいるという。自分が被災者じゃなくてもそうして心に葛藤を抱えている人もいるのだ。
30年も経ったのかと驚く一方、30年経ったからといって、大切な人や物、思い出、町を失くした人の心が決して癒やされるものではないと痛感する。亡くなった方々の思いを忘れずしっかり未来を作っていかなければと思う。
よみっこ編集長 朝廣 佳子