本誌今月号の終活特集は「墓じまい(改葬)」についてだ。無縁仏が社会問題になっている今、お墓問題は避けて通れない。だが私は基本的にはお墓自体をなくす墓じまいは反対派である。
なぜなら私はお墓が好きだから。好きというと語弊があるが、自分のルーツであるご先祖様にお参りして近況報告や悩みなどを相談すると、気持ちが落ち着き穏やかになる。私の実家は岡山県倉敷市だが、お墓参りのために今でも帰っている。
嫁いだ朝廣家のお墓は兵庫県(旧)浜坂町の海沿いにあったが、遠方なので義父が亡くなったのを機に奈良市内の墓地を購入し、お墓を移した。
「墓じまい」をしてお骨の引っ越しをしたわけだ。手続きなど結構大変だったが、義母が「お父ちゃんにいつでも会える」とうれしそうにお墓通いしている姿を見て安堵した。今ではその義母も義父と一緒に仲良くお墓に納まっていて、両親が大好きだった夫は毎日のように散歩がてらお墓参りをしている。
この前、同級生が娘のために墓じまいをしたいと言い出した。自分たちは合祀で構わないという。確かにちょっと遠い。だが娘さんに確認もしていないとのことだったので、ひょっとすると残してほしいかもしれないから早まらず相談したらと提案した。また別の知人女性はまだ30代前半だが、お墓に行っておじいちゃんと話をするのが大好きでよく行くと言っていた。
生きている我々の拠り所のためにお墓があればと思っているのは、結局罰当たりなのかもしれないが、ご先祖様に会いたい気持ちは大切にしたい。先で後悔しないために今一度お墓のよさを感じてほしいとひそかに願っている。
昔からの習慣を都合よく簡素化して、祖先を敬う大切な習慣を忘れていくのには寂しさを感じる。
よみっこ編集長 朝廣 佳子