11月21日[木]

【五條市】櫻井寺

●さくらいでら

山門

どんなお寺?

寺伝によると、須恵の城主・櫻井康成が天慶5年(942)に身内間の所領争いで誤って母親を討ってしまったことから入道し、天暦年間(947-952)に建てられたとされています。この由緒から歴代の住職は「康成」という姓を受け継いでいるのだとか。

昭和を代表する建築家&庭園研究家の伽藍

国道24号の敷設により現在地に移転した櫻井寺。現在の伽藍は昭和42年(1967)の建立で、本堂や山門、鐘楼は鉄筋コンクリート造です。設計は昭和を代表する建築家・村野藤吾。村野は近鉄橿原神宮前駅舎南都銀行本店(増築部分)なども設計しています。

また庭園は、今西家書院庭園旧大乗院庭園など、数多くの庭園修復や作庭を手掛けた庭園研究家・森蘊(もり おさむ)の作庭。大規模ではありませんが枯山水の庭園が境内北東隅にあります。

ちなみに旧本堂は箱根・芦ノ湖のほとりに移築され、京風湯豆腐のお店として活躍していたそうですが、現在は閉業してしまったそうです。

本堂

維新のさきがけ〈天誅組本陣跡〉

幕末の文久3年(1863)に起こった尊王攘夷派のクーデター “天誅組の変” 。天誅組が五條代官所を襲撃した後、「五條御政府」と称し、本陣を置いたのが櫻井寺。その名残で門前には「本陣」という交差点があります。境内には代官所襲撃で討ち取られた五條代官・鈴木源内の首を洗ったとされる手水鉢が残っています。

首洗い石手水鉢
本陣跡石碑
基本情報 Basic Information
潤生山 康成院 櫻井寺/さくらいでら
  • 住所: 五條市須恵1丁目3-26
  • 駐車場: あり
  • TEL: 0747-22-3165