2021.3.19 鮎 【御所市】九品寺 ●くほんじ 行基開創の古刹 金剛葛城山系に栄えた戒那千坊の一院で、奈良時代に行基が開創したと伝わります。その後、永禄元年(1558)に観誉弘誓が専修念仏の道場とし、浄土宗に改宗しました。山号の「戒那山」は葛城山のことで、寺号にある「九品」は『観無量寿経』に説かれる極楽浄土への往生パターン(品=ぼん)のこと。上品・中品・下品に分けられ、さらに各品の中で上生・中生・下生の9つに分けられているので合わせて「九品」と呼ばれています。本尊は藤原時代の阿弥陀如来像(重文)。通常非公開ですが、彼岸の時期に特別公開を行っています。ちなみに阿弥陀様は上品上生にあたります。 圧巻の千体地蔵 本堂の裏手には千体地蔵と呼ばれる石仏群があります。正確には1,800体ほどあり、約200年前に境内の竹やぶを開墾した際に土中から発見されたものを現在の位置に並べたそうです。寺伝では、南北朝時代に楠木正成軍として参戦した国人・楢原氏の兵士が自分の身代わりとして奉納したものといわれ、「身代わり千体地蔵」ともいわれます。 本堂脇の行基像は実は… 本堂向かって左側に建つ行基像。実は近鉄奈良駅前の行基像のクローン像だということを知っていましたか? 現在の行基広場にある像はブロンズ製の3代目で、初代・2代目は赤膚焼で制作されていました。九品寺の像は初代と同じ型でつくられたものです。制作は赤膚焼の窯元「正人窯」。当時の奈良市長で行基の研究にも携わっていた鍵田忠三郎に依頼で昭和45年(1970)につくられました。その際、壊れた時のスペアとして制作したものを鍵田元市長が親交のあった寺院に寄贈したそうです。初代像は心ない人によって破壊されましたが、そのスペア像は現在、九品寺と霊山寺に伝わっています。またブロンズ像を含めた3体とも東大寺の方角を向いているのだとか… 西国巡りもできる名園 “十徳園” 参道南にある庭園“十徳園”は古庭園研究の第一人者・森蘊が設計した池泉回遊式庭園です。桜やツツジ、カエデ、椿など四季折々の花が楽しめます。また近畿地方をパノラマ的に縮小したように作庭され、西国三十三所の札所が位置する場所に石仏を安置しているので、プチ巡礼ができます。